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2008年05月 アーカイブ

2008年05月16日

無言の歌

最近、外国旅行記をぺらぺら読んでいて、酷く外国に行きたくなってしまった。
(字面から想起される外国の風景は、ぼくの場合、なぜかいつもきまってスーパーマーケットなんです。なぜでしょうか。)
でも、とくにそんなエッセイを読まなくても定期的に外国逃避願望がふつふつと沸く。
外国に住むということのメリットは、言葉が通じないことだ。
メリットというと、いささか語弊があるけれど、自分にとって自明的ではない言葉に囲まれて
絶対的なコミュニケーション不全に陥るがゆえに獲得できる欠落感や否応なく気付かされる人間の先天的に持った"病態"というものがあるからだ。(獲得できる欠落感、なんだそれ)

たとえば、外国人と膝を交えて話をしているときに、どうしても自分の考えや意図が通じないという場面は多分にしてある。そんなときは悲しいし、無力感を感じずにはいられない。
けれども考えてみれば、日本人同士だって言葉が通じないことは多々あるじゃねーか。と思う。
会話の成就は、ボキャブラリーや知識の多寡にだって因るし、世代が違えば、環境が違えば、性別が違えば、分かり合えるどころか、まったく気持ちが通じないことさえ、ざらにあるのだ。
仲間内で一人だけ話についていけずに、置いてきぼりを食うこと、"ローカルネタ"や"KY(空気読めない?)"という状態にだってコミュニケーションの不全は見られるのだから。

そもそも、ぼくらはいったいどれだけの人とシンパシーを感じ、あるいは気持ちの伝達を達成できているのか。ぼくらは無意識下で、気持ちを十全に伝え合うことなどそう簡単にできるものではないということにおいて"のみ"黙諾を完了させているがゆえに、「いいよ俺、その意見で。同意っス。」という付和雷同状態に陥るのである。
インサイダーに帰属しているというのは、まぁ、たぶんそういうことなんだろう。
ようするに、対話において、コミュニケーション不全は、意識したり自覚したりすることが困難なだけで、もともと内包しているものである。それが日本にいる限り、表面化されることはないだけなのだ。
そのようなコミュニケーションへの苛立ちは、外国にいると、希薄になる。「言葉にすればいいじゃん」的、自明性がさっぱりと払拭されて、自分の思考が涼やかに透明性を増す。
言語外にある音楽的なもの、あるいは言葉の風景が見えてきたりする。
コミュニケーション不全がもたらす弊害はいくつもあるけれど、(センソーとか、性差とか)
コミュニケーション不全が奏功して描くミニマルな世界は、とても素敵だと思う。
(だからぼくは外国に行く代わりに愛猫との対話で、会話能力の涵養を図っているわけです。)

語学学校の中庭にある石のベンチに寝転んで、フランスの太陽(そんなものがあるんだよ本当に。)
を浴びながら、授業の終了ベルを聴いていた時間、
夜、街の灯りも届かない丘に登って、空を見上げ無数の星を見上げた時間、
(信じられないだろうけれど、夜空の青い表面積より星のほうが多いのだ。)
そこには、語学学校に響き渡る動詞の活用も、眼下の雑踏も消えて、
地続きの、いや空続きの世界があった。(Imagine there's no countries~♪)

ぼくの老師は、はじめの授業で、「太陽の曲を書いてこい。」と言った。
翌日に半ば徹夜で書いた譜面を持って行くと、「これはイタリアの太陽ではないな。」と言って、
何時間もかけて書いた音符たちを消しゴムで綺麗さっぱり消して(油性ボールペンで書けばよかった・・・)「イタリアの太陽は・・・」と呟きながら、五線譜の上に輝く太陽を昇らせた。
当時、ぼくは「十人十色、人それぞれの太陽があったっていいじゃねーか。なんだその決め付けは。」と思ったものだった。けれど、彼が言いたかったのはそのような限定された思考ではなく、
世界が共鳴する色彩であり、言語外のイデアだったのだと思う。
老師との会話は極端に少なかったけれど、レッスンの間中、
淀みない言葉のやりとりが宙に浮かんでは消えた。(ゆえにぼくのイタリア語はザルなんですね。)

二年後にシチリアのエガディー諸島を自転車でちりんちりんと周遊したときに、ぼくは初めてイタリアの太陽を発見した。あの牧歌的な旅は素敵だった。
ハッピー。でもある種の哀しみを抱えた生活。

新しい曲を作らなければならない。
どうも近年、作りたい曲と、作った曲との間に、乖離がある。
あたりまえといえばあたりまえで、至極当然なことなのだけれど、その溝が昔よりも深い気がする。
頭の中のイメージを鍵盤で叩く、あるいは採譜して具現化する過程で、
当初持っていた輝きは、失われてゆく。
この乖離については、いろいろな人が同じ文脈で書いているけれど、
作品が少しずつ姿を現すたびに、「あれ、おかしいな。こんなもの作るつもりだっけ・・・」という違和感は誰もが感じることなんだと思う。
自分の発語した言葉が、往々にして本心から少し離れた場所に軌跡を描くときのように。
あるいは、眠りから覚めて目を開けると、今見ていた夢の筋書きがまたたく間に消えてゆくときの喪失感とも似ている。

歌っていない歌が響いて、語ろうとしていない言葉が語られること、
それらが唯一、世界に彩りを与える瞬間なのだと思う。



天井のない部屋

天井のない部屋
ライヴが続きます。

ステージでは、程度の差こそあれ、様々な理由でパフォーマンスが変化する。室内の空調や、楽器の質、ライヴの時間帯などが起因して、身体は開放され、また抑制される。(先日のライヴの鍵盤は、決して良質とは言えないものだった。)

多くの人は、仕事の現場やステージで「自分を最大限に生かせる場」を要求するけれど、それはたぶん、彼らが思う「理想的な好環境」ではない。人が持っている能力以上のものを絞り出しているとき、彼らはどこかで規制されているはずである。「こんな環境で、こんな条件だけど、まぁ頑張ってね。」と言われたときに初めて、知性はアクティブになるし、「仕方ないな…」と思いつつも、身体の底のほうに残っている才知を駆使して、今までに抽出していなかった能力を発揮するのである。

ぼくのような凡庸な音楽家はとくに、条件付けされたときのほうが、自由気ままなときよりも上手に立ち回ることができる。 縛られているほうが円滑洒脱の身よりも想像力は涼やかに起動している。ということに最近気付いた。(そんなこともわからないようだから、いつまでたっても凡庸なんだよ。)
作曲においても同じである。はじめに「4分の3拍子で、C-durで始まって、A-mollで終わる32小節の曲を作りなさい」と言われたほうが、「なんでもいいから明るい曲つくって」と言われるよりもはるかに「自由自在」なのである。
考えてみたらあたりまえだよな。
天井のある室内では、おもいきりジャンプできるけれど、空に向って全力で飛び上がるのは、何か心もとないし、高く跳べた気がしないもの。

そんなわけで、先日のライヴは大成功であった。
歌は軽やかに弾み、鍵盤と打楽器には、深遠なコレスポンダンスが生まれた。(ただし、PAの方が優秀であることが前提である。ありがたや。) このくだり、何が言いたいのかといえば、「ステージが俺ら的じゃないね。ぷい。」というような稚拙な言い訳は通用しないということである。



最近個性について思うところがあったので、少し。
簡単にいってしまうと、個性的であろうとする振る舞いが自分の首を絞めているということです。(というかぼく自身、そうであった。)「人と違う」ことへの希求は、秩序からの脱却を通して成しうるものではない。真逆である。先述したように個性というものは条件を課したときに、より顕著になる。(たぶん。) というより、目を凝らさなければ見分けのつかないような条件下では、個性は何もしなくても際立つものだ。

ブティック街を歩けばよくわかる。 人との差異化を図ろうと、ブランド品に身を包んだ女の子たちは、 ごく自然に、「わたしはあなたと違うのよ」的グループに"カテゴライズ"されている。真に個性的な女の子は、「人と差異をつける」ために洋服なりバッグなりを選ばない。真に個性的ではない女の子が、「差別化(あるいは個性化)を図ろうと」して、想像力を磨耗しているのである。
彼女たちはマイノリティーとしての主張を掲げているのではなく、(もちろん個性的でありたいと盲信しつつ)「マイノリティーではない人々(要するにヴィトンのバッグを持てない人々)がいること」を強く望んでいるのである。なんと後ろ向きな祈りであろうか。

個性的でありたいという"祈り"は、「どうあっても個性的になれない人」がいて、はじめて成就する願望である。「どうあっても個性的になれない人」など、そもそも生物学的にありえないから、個性的という神話は不毛である。 個性への偏執というのは、たとえば成功を求める人が、無意識下で、「どんな努力をしても結実せず、どんな訓練も報われない人が出来るだけ多くいてくれ!」と切望することに似ている。
また、知への追求を惜しまず「馬鹿」を睥睨する姿勢が、実は「馬鹿」の存在価値を認め、彼らを含めたヒエラルキーを財貨のごとく死守しようとしていることと同型である。 個性的であろうする"祈り"というのは、自分以外の人々を常に意識して観察し、彼らの身振りをチェックして、研究することに他ならないのである。

また、著作権というのも同じ思想だ。
"個性が自分の内から滲み出たものだと信じて止まない人々"が往々にして個性性を主張し、コピーライトを死守しようとするのである。 「これは俺にしかできない。俺と同じことをするやつは徹底的に排除する。」

個性とは人の色などではない。並べられた多種多様な色鉛筆から、 いざという時に(ある条件下で)その場に適合した色鉛筆を選びとる能力を個性と呼ぶのである。ヽ(^。^)ノ


というようなことを自分に言いたい。一年ほど前に、ぼくが友人に個性性の重要性を説いたとき、「今まではそうだけどね、21世紀は身体の時代になると思う。」と言われた。当時、ぼくはその意味することがうまく掴めなかった。そして一年経ち、ようやく「身体」の個性性に気付いた。 そうなんです。人との比較が個性ではなく、というか人は生まれながらに個性的な身体を持っているわけで、改めて個性を主張することもないわけなんですね。個性的でありたいと思うのであれば、自分の身体をくまなく点検すれば良いわけです。 その運用方法に、個性が隠されているのです。
おしまい。

この暴論コラム?は、某内田氏(またかよ)のブログのテキストからインスパイアされたものです。最後までドライブ感のあるテキストなので興味があれば読んでみてください。

2008年05月15日

塑性の君たち

青山と渋谷のライヴが終わりました。さて再び、アレンジにとりかかろう。


渋谷公園通りクラシックスのPsalmイベントは良かった。
Psalm、細谷季子、両君ともに純度の高い良いパフォーマンスで
会場は暖かく、そして親密な時間が流れた。

ぼくらの前に歌った細谷さんの歌は弾力があって、濁った水のなかを泳ぐ、澄んだ魚の眼をした歌い手だった。人は元来矛盾した存在だけれど、その矛盾を表現する人は稀である。(矛盾なんか認めたくないんだから。)
彼女のお陰で、ぼくらは心地よく演奏することができた。
Psalmのステージは本当になめらかで、円転滑脱に進行する、完成度のとっても高いものだ。
うーん、明確なイメージが浮かぶよ。高揚する静けさも、唸る沈黙も。学ぶべきことの多い二人。
そして、深い敬意を感じずにはいられない。
慈悲喜捨たる、Psalmのおふたり、細谷さん、お客さん、あとNGATARIメンバーズ、愉悦の時間をありがとう。

前日、ボーカル・Jessicaの声が出ないというアクシデントがあったのだけれど、それが良かった。奏功したといってもいいぐらいだ。抑制され、条件を課せられた状態のときにおいてのみ、進化の芽はアクティブなものとなる。というようなことをつらつら書こうと思ったけれど、このネタ前に書いたな。というわけで割愛。
http://www.ngatari.com/blog/2008/01/post_2.html 
(でも、ほんとうにやる気なくしてたんですぼく。直前までは。)


夜もふけて、テレビの前でぼんやりしていると、セイフティーネットの破綻、社会保障制度の没落をかなりネガティブに報じている番組がやっていた。企業の正規雇用削減のためにリストラ、または辞めた人々が、従来の(終身的に確約されていたはずの)保険を受けられずに、病気になっても治療を受けられないということを淡々と諦めたように報道する番組だった。
いったいこの番組のTVディレクターは誰に何を訴えているのだろうか。他責的な切り口なのだけど、
どの方面にベクトルが向いているのかがわからない。政府だろうか、経営者だろうか。その両方だろうか・・・。

確か以前、小泉元首相が「多少の痛みは我慢してくれよ。未来のこと考えてさ。」という言い方で構造改革をはじめたような気がする。(だいぶ言い方は違ったけれど、ようはそんな感じだった気がする。気がするだけかも。)
別に、痛みの多寡にケチをつけているわけでは全然なくて、お知らせしておくべきだったんじゃないの?と思うのです。また、「未来のことを考えて」というセンテンスを身体的に感知させることは不可能であるから(だって、地獄のような未来なんて誰も想像したくないし)
小泉さんは「多少の痛みの代償として、おまえらの子供・孫世代が幸せになるかもしれません。よろしく!」とアナウンスし、かつ、プロレタリアたちに向けて「構造改革によって、フツーに病気になったり、治療を断念したりしなくちゃなんない場合でてくると思うけど、我慢してね。」という留意をするべきだったんですね。
だからこんな不幸な番組を夜中の1時に垂れ流すはめになるんです。


そうそう、イメージをね、確立しなさいと言われたんです。友人にね。
ガタリの致命的なところは、確固としたイメージが持てないところだというんですね。
ぞっとしましたよ。ぼくは。愚かにも「良い音楽せえ作っていればね」と確固たる指針を逡巡しまくっていた自分に、はと気付いた。音楽が記号的に扱われることの是非はよくわからないけれど、イメージを作っていく、共通したイメージをメンバー全員が持つということは、何よりもプライオリティーの高いことだというあったりまえのことをおざなりにしていたわけです。

で、何故ぼくがぞっとしたかというと、以前書いたように、情緒的でメランコリックな曲を書いているわりにそれらは全然書きたいものではないということ、その乖離感を心地よく享受していること、そのことが「イメージわかねぇ」的問題の根本理由だと思ったから。
何が言いたいかわからない、色彩に乏しい、曲と歌が相容れない、などなど・・・。
この原因は作曲にあるのかもしれない。
さぁ、どうしよう。

(キーワードは『雨』、NGATARI HPのトップ見て気付く。雨が降ってはじめて姿を現す、風景がある。形があるのではなくて、形を作る余白、音楽が鳴ってはじめて気付く、沈黙。闇があってはじめて気付く、光。これだな。)


備忘録
・ヴォルフガング・ティルマンス展。
・横尾忠則展。
・モディリアーニ展。(一応)

はぁ、ダンスとか舞台観に行ってない。行きたいけど、腰が重い。

2008年05月08日

磨耗する、またはケーキ入刀

最近バカが流行ってますね。なんで?
やっぱり自分よりバカな方を見ると、人はカタルシスを得るんでしょうか。
まぁいいや。

ところで、他人の海外旅行の写真って、とっても楽しそうに見えるのはなぜでしょうか。まぁいいや。

最近、結婚式の音響オペレーターを始めました。
これが、ひどくストレスフルな職場なんだな。
研修期間だけで、すでに心身ともにぼろぼろです。
この精神的磨耗の対価として・・・

結婚式日記とかつけようかな。
世の中の人々が、いかに結婚式というものに腐心し、絶対的な人生のセレモニー(もしくは幸福の縮図)と見立てているかということを、延々と書いてやろうか。よし、次回からはそういうの書こう。キャッチャーのホールデン風に書こう。

陋劣な民の、厭らしくクレイジーな宴会風景を君にもみせてやりたいよ。とにかく、結婚式にいそいそと来臨する女の子の200パーセントは、自分のドレスを何百万本ものキャンドルに照らすために招待されているんだよ。まじめな話さ。

なんて。

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